こんにちは!
長崎県西彼杵郡にある、明治元年創業の「道の尾温泉」です。
今回は、道の尾温泉の歴史についてご紹介させてください!
昭和や平成にできた温浴施設だと思われがちですが、先にも書いたとおり、道の尾温泉は、明治元年に産声をあげました。
なので、今年(2022年)でなんと創業154年にもなるのです!
この長い時間の中にはいろんなドラマがありました。
■明治元年、とある青年が私財を投げうって温泉を掘削!
この道の尾温泉の辺りには「湯川」という地名があり、いたるところに小川が流れ、蛍や蝶が舞う美しい水郷でした。
皆さん、このことはご存じでしたか?
明治元年のある冬の朝、この地に住む青年・古田吉平氏が川から湯気が立ち上がっているのを発見したことから、道の尾温泉の歴史が始まっていくのです!
上の写真の印をつけてる場所が源泉井戸です。現在も水神様の祠の横に現存しています。
彼は自分の田畑を売り払って温泉堀削を始め、機械がない時代に竹や矢じりを使って岩盤に挑み、苦労の末に摂氏26度の温泉を発見しました。
電気やガスもなかった時代だったので、古田氏はくみ上げた温泉を石炭焚きの蒸気ボイラーで加温し、当時の長崎では唯一となる温泉浴場を開いたのです
■外国人も訪れた、モダンなレジャー施設に成長!
古田氏は自分が掘り当てた温泉を「道の尾温泉」と名付け、周辺に料亭「万象園」や道の尾公園などをつくって、この辺り一帯を一大レジャー施設にしました。
当時の建物は洋風造りで、建物内には赤じゅうたんが敷かれ、熱帯植物が植えられていて、異国情緒あふれるモダンな雰囲気だったそう。
今の銭湯ライクな雰囲気からは想像できないですね!
長崎港に入港したロシアやフランスの水兵たちも立ち寄ったそうです。
■優れた泉質の温泉で、健やかになった人たちが続出!
道の尾温泉のお湯は、創業当初からしなやかで透き通っていて、入浴した人たちから「切り傷ややけど、あせもが痕に残らずに治った」「こわばった手足や腰が動くようになった」などと評判が広がったそうです。
戦前の水質分析では、微量のラジウムが含まれていることが分かり、「道の尾ラジウム温泉」として親しまれてきました。
長崎の造り酒屋がこの温泉水を使って、ラジウムサイダーをつくっていたこともあったそうです。
そうして150年以上が経ち、現在まで永らく愛されてきた道の尾温泉。
今でも炭酸水素イオンなど各種ミネラルを豊富に含む泉質を保っていて、弱アルカリ性の“美肌の湯”として親しまれています。
明治から大正昭和の動乱の時代を経て世界恐慌、太平洋戦争、終戦、オイルショック、長崎大水害、台風19号、バブル崩壊、リーマンショック、新型コロナそして原油高騰などいろいろありますがお客様が必要としてくださる限りまだまだ歴史をつなげていきたいと願っています。
浴室内には、道の尾温泉の昔の様子がわかる写真や説明文も掲示してあるので、ご興味ある方は入浴がてらチェックしてみてくださいね!
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◆道の尾温泉 公式ホームページ
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■道の尾温泉
長崎県西彼杵郡長与町高田郷284
TEL/095-856-2631(受付9:30~23:00)